沢木耕太郎の『深夜特急』に魅せられてタイとラオスへと出かけた話

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沢木耕太郎の『深夜特急』が導いた旅

ラオスで出会った旅人たちは沢木耕太郎氏の『深夜特急』に魅了されていた。

旅先で出会った日本人バックパッカーは言った。

「俺も読んだよ、『深夜特急』」

ラオス=バンビエンは東南アジアのバックパッカーが多く訪れる町。

この町は首都ビエンチェンから4 ~ 5時間程度の地に位置しており、比較的日本人の姿も多い印象だ。

そこで出会った日本人の旅人たちは、決まって『深夜特急』の著名を口にしていた。

『深夜特急』とは、インドからロンドンまでの道をバスを利用してたどり着こうとした、著者の実体験に基づく旅行記だ。

著者の沢木耕太郎氏は、新卒入社初日で退職。以後は執筆活動を通じ若くして名を馳せていく。

そんな彼が26歳の時に、インドからロンドンまで乗り合いバスで旅をしようと決意。

書き手としての仕事を休止し、多くのサポートを受け、貯金を叩いてバックパック旅行へと向かっていく。

いきようようと乗り込んだ筆者は、様々な出会いや困難を乗り越え、旅の孤独の中で自らの足取りを固めていく。

作中で描かれた氏の姿は、どこか心細さともろさを感じさせてるのだが、時間の経過や旅の進展によって少しずつたくさましさを身につけていく。

氏が感じ、切り取り、文字へと落とし込まれたその世界観は、発売から30年以上の年月を経ても未だ色褪せることを知らない。

21世紀も20年近くが経とうとしている現在でも、多くの日本人バックパッカーの「バイブル」として語り継がれている。

旅人は作中の魅力的な描写を追いかけるかのように、それぞれの旅へと導かれていく。

そんな僕もある日『深夜特急』に魅せられた1人であった。

大学卒業を控えた1月のこと。

高校時代からの友人にバックパック旅行を誘われたのだった。

「今回はバンコクから入ってラオスに抜けて、そこからは特に決めてないんだけど、とりあえず一緒に行こう。」

わざわざ大学最後の休みを使ってでも旅に出ようとする友人。

そんな貴重な時間を差し出された気がした僕は、現地集合でよければといって、参加の旨を伝えた。

それでも僕はあまり前向きな気分にはなれなかった。

当時は外国に行くと決めれば、30キロに達してしまうスーツケースでの旅行しか思いつかなかったのもある。

そんな「歪んだ常識」の持ち主であった僕にとって、バックパック1つで旅行に出るなんて正気の沙汰ではないように感じられたのだった。

友人に正直にその旨を伝えてみたところ、待ってましたと言わんばかりの表情を浮かべるのであった。

「それなら沢木耕太郎の『深夜特急』を読んでみればいい。お前の大好きな読書だ。必要なのはその作品だけだよ」

どうやら今回の狂気の旅行のすべては『深夜特急』に委ねられていたようだ。

僕はとりあえずAmazonで『深夜特急』を購入し、翌日からせっせと読み進めていくのであった。

日に日に読み進めるスピードは加速していったのは言うまでもない。

目の前で鮮明に描かれている人々と風景。

文章から現地の匂いが立ち込め、まるで人々の生きている様子を自分の目で追っているような、そんな錯覚。

文章から「聴こえる」現地でのやりとりは、耳をそばだてて聴き込みたくなるものであった。

作品は五感を大いに刺激したのだった。

なぜこんな作品に出会うことなく過ごしてきたのだろうか。

僕は自分の読書人生で唯一の後悔を味わわされたのだろうか。

しかし、この作品との出会いがこれ以上遅くならなくてよかったとも、心のどこかで安堵していたのも事実であった。

カンボジアのアンコールワットの夕日

僕は1巻を読み終えてからすぐに飛行機のチケットを手配した。

宿泊先は一切決めない。それは僕と友人の共通認識であった。

そうして出発の前日を迎えた僕は、あまりの興奮に飲み過ぎてしまい、大寝坊をかます。

出発の40分前に成田空港に到着するはめになり、あわや乗り遅れ一歩手前の危機に直面したのであった。

飛行機に乗り遅れそう!フィリピン航空スタッフが出発40分前まで僕を待っていてくれた話

それから僕は『深夜特急』に魅せられた旅人たちと同じように、旅に魅せられていく。

友人とバンコクで無事に合流を果たした。

一泊300円の宿に腰を落ち着け、数日間の滞在を経てラオスへと向かう。

タイとラオスの国境までは、バンコクのフアランポーン駅から出る寝台列車で行くことにした。

「まるで『深夜特急』みたいだな」

すでに目的の寝台列車への乗車をすませ、整えられた客席で友人は言った。

いま僕と友人はかつて沢木耕太郎が体験した『深夜特急』の1シーンを追いかけていたのであった。

ゆっくりと発車していく寝台列車には欧米人や日本人、それからローカルの人々が乗り合わせていた。

車内のスタッフたちはきびきびと仕事をこなし、見事なまでのベッドメイキングを披露してくれた。

食堂車でちょっと割高なタイ料理の夕食をすませた僕らは、興奮さめやらぬまましばしの休息をとった。

目がさめると景色は180度変わっていた。

バンコクの大都会とは打って変わり、列車は荒涼とした草原地帯を走っていた。

常夏のバンコクよりも内陸を走っていたため、気温もぐっと冷え込み、車両と車両の連結部分からはひんやりとした風が目覚めを促がしてくれた。

そして国境の町ノンカイにたどり着き列車を後にする。

バンコクからノンカイ、そしてビエンチェンへ!寝台列車で行ってきた

無事にラオスへの入国を果たし、ラオスの首都バンビエンの郊外からマイクロバスに乗り混み、4 ~ 5時間をかけてバンビエンの街へと向かう。

舗装も未完全な道路を、勢いよく進んでいくマイクロバス。

車内には現地のラオス人とおぼしき若者が10人ほど。

さわがしくも元気のいい彼らを横目に、僕は移りゆく車窓の風景に、またもや『深夜特急』の1シーンを探していた。

赤土の大地が遠くまで広がり、その先にはなだらかな山々が続いていた。

ともすればすぐに飽きてしまうような道中も、『深夜特急』で仕入れた「旅の楽しみ方」のようなもののおかげで、あっという間に時間は過ぎていった。

バスは山岳地帯へと入る前に、1度の給油を経て山道へ。

それから数時間程度でバンビエンのターミナルへとたどり着いた。

かつて米軍基地が置かれていたバンビエン。

ベトナム戦争時にはこの街の空港跡地からはいくつもの戦闘機が飛び立ったのだろうか。

少し寂れた印象を見せるバンビエンの町は、近年では観光地化が進んでいるようで、意外と多くの旅行者とすれちがった。

僕らは宿泊先を求め歩き続けた。

町を歩きながら、メインストリートにならぶ洋風の店、ラオスのトラディショナルな飲食店の混在を目にしながら、様々な想像を膨らませていた。

日本人が多く訪れるという「チャンダラ」という安宿があると聞いていたので、僕らはとりあえずそこを目指していた。

宿にたどりつき、無事に寝床を確保した僕らは、宿のオープンスペースでくつろいでいた。

そこに現れたの数人の日本人バックパッカーであった。

互いの旅行期間や目的地を一通り話したあと、話題は自然に『深夜特急』に。

「俺も読んだよ、『深夜特急』」

数人のうちの1人が沢木耕太郎の作品に触れると、次から次へと作品への思いを語っていく。

旅に出てきた彼らは、それぞれの背景を、そしてそれぞれの「旅観」なるものを披露した。

僕が出会った『深夜特急』は、やはり多くの旅人を魅せていたようだ。

現地で出会った日本人の友人と、バンビエンに残された様々な自然の造形物を訪れ、幾日かの時間を過ごすのであった。

【動画あり】東南アジアの秘境!ラオス=バンビエンの~ブルーラグーン~

「またどこかで」

知り合ったうちの1人がそういった。

僕はLINEでも交換しようかと思い、ポケットからiPhoneを取り出した。

「ごめんな、旅先で出会った仲間とは連絡先は交換しないようにしているんだ」

彼はどこか名残惜しそうにそういった。

僕は少しばかりのとまどいを覚えた。

「旅先でまた会えるのが楽しみだから、あえて連絡先は交換しないことにしている」

旅の醍醐味?

なるほど。一理あるなと思いながら、僕はそっとiPhoneをポケットに戻した。

僕らは分かれて、友人とともに次の町へのミニバスへと乗り込んだ。

バンビエンから世界遺産に登録されている都市、ルアンパバーンへのバスの中。

その人の名前だけはメモに残しておいた。

(後記)

ラオスは東南アジアの中で唯一海がない国です。

ラオスはベトナム、中国、タイに隣接する国であり、タイの影響をもっとも強く受けているようです。

現地のラオス人に聞いてみたところ、日常的にテレビなどのメディアに触れるらしく、結果としてタイ語を理解しているとのことです。

もっとも、タイとラオスの言葉は、言語学的にかなり近いらしく、文字も心なしか似ているように思えなくもないのです。

そんなラオスは成長著しいASEAN諸国の中では少々出遅れていると思われてもしかたなく、タイの名目GDPの1/40程度の経済規模です。

そのため、国内のインフラ整備はまだまだ課題があるといえ、首都のビエンチェンはその他のASEAN諸国に比べるとうら寂しいものがあります。

それでも現地は多分にもれず活気に満ちている印象です。

経済成長率は6 ~ 7%台を維持しており、その活気を裏付けているのかなと勝手に想像しました。

現地に移り住む日本人もごくごく存在しており、バンビエンの町でハンバーガー屋を営んでいた方もそのうちの1人。

彼は政府の観光プロジェクトにも加わっており、観光客向けの商品作物の企画や、様々なビジョンを語ってくれました。

Whopping Burger ~ラオス=バンビエンに住む日本人のハンバーガー屋~

あまり日本人にとって馴染みのないラオス。

僕はそんなラオスでの旅を通して、自分の「旅観」の基礎を固められました。

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